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vol77   7 / 8

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術後、無事過ごした 術後、無事過ごした1年目の年目のPET ・CT 等の検査で再発転移は確認されず、難しい手術であった等の検査で再発転移は確認されず、難しい手術であったため 、 気管の接合部を確認したいとの先生方の希望で気管支鏡検査を行いました。問題なく検査を終わろうと気管の接合部を確認したいとの先生方の希望で気管支鏡検査を行いました。問題なく検査を終わろうとカメラを抜き取る間際に見つけられたカメラを抜き取る間際に見つけられた3oに満たない小さな再発。再び襲ってきた「気管支のがん」にoに満たない小さな再発。再び襲ってきた「気管支のがん」に今度は、抗がん剤今度は、抗がん剤4クールでの戦いになりました。クールでの戦いになりました。3クール終了後、免疫力が下がり原発切除治療で空にクール終了後、免疫力が下がり原発切除治療で空になった右胸の中に膿胸が目を覚ましてしまいなった右胸の中に膿胸が目を覚ましてしまいました。ました。治療のため、「開窓術」を受けることになり肋骨を治療のため、「開窓術」を受けることになり肋骨を3本外して右胸に私の拳が入る位の穴を開けました。本外して右胸に私の拳が入る位の穴を開けました。7年経った今でも多少は小さくなりましたが、女性年経った今でも多少は小さくなりましたが、女性の拳であれば楽に入る大きさの穴が右胸に開いていて、の拳であれば楽に入る大きさの穴が右胸に開いていて、1日 2回のガーゼ交換と、開いた胸の中をシャワ回のガーゼ交換と、開いた胸の中をシャワーで洗う作業は、欠かせません。ーで洗う作業は、欠かせません。2年程前までガーゼ交換は妻にお願いし年程前までガーゼ交換は妻にお願いしていましたが、ガーゼ交換の時、いましたが、ガーゼ交換の時、空っぽの胸の奥に心臓の動きが見えるそうです。空っぽの胸の奥に心臓の動きが見えるそうです。 開窓術のため、ストップしていた 開窓術のため、ストップしていた4クール目のクール目の治療も無事に終え、再び会社復帰することができまし治療も無事に終え、再び会社復帰することができましたが、 2回のがん治療を含めてサバイバーとしての回のがん治療を含めてサバイバーとしての2年近い生活は、私以上に妻への負担が大きく、私の年近い生活は、私以上に妻への負担が大きく、私の闘病が誘因かの如く妻が難病の診断を受けることに・・・。妻の治療に進展が見られず、セカンドオピ闘病が誘因かの如く妻が難病の診断を受けることに・・・。妻の治療に進展が見られず、セカンドオピニオンで東京都内の大学病院で入院治療を決め、今度は小ニオンで東京都内の大学病院で入院治療を決め、今度は小3になる息子と学童保育と勤務先や友人の協になる息子と学童保育と勤務先や友人の協力を得て慣れない生活が始まりました。妻の入院から力を得て慣れない生活が始まりました。妻の入院から3ヵ月後、私が半年ごとに受けていたヵ月後、私が半年ごとに受けていたPET ・CT で上咽頭がんが見つかりました。で上咽頭がんが見つかりました。3年目で 3度目のがんです。妻の退院を待って放射線治療開始としま度目のがんです。妻の退院を待って放射線治療開始としまし たが、私の体がそれを待てず高熱と止まらない咳で深夜の救急搬送となり息子には、申し訳なく一時期たが、私の体がそれを待てず高熱と止まらない咳で深夜の救急搬送となり息子には、申し訳なく一時期両親のいない淋しい生活をさせてしまいました。上咽頭がんでの放射線治療の数時間後、気が付くと片両親のいない淋しい生活をさせてしまいました。上咽頭がんでの放射線治療の数時間後、気が付くと片足が勝手にリズムを刻み、数分間後には座っている事にも我慢できず、部屋の中を壁足が勝手にリズムを刻み、数分間後には座っている事にも我慢できず、部屋の中を壁伝い にグルグルとにグルグルと歩き回ります。歩き回ります。3度のがん治療の中で私にとっては一番の苦痛となる副作用となり、この症状を抑える方度のがん治療の中で私にとっては一番の苦痛となる副作用となり、この症状を抑える方法は強めの安定剤以外ありませんでした。法は強めの安定剤以外ありませんでした。 治療を終え社会復帰ができた数ヵ月後 治療を終え社会復帰ができた数ヵ月後、3度目のがん治療を経験した者へ吹く残念な向かい風を感じ始度目のがん治療を経験した者へ吹く残念な向かい風を感じ始めた頃めた頃、世の中にはどの位自分と同じ経験をした人がいるのか?今、その人達はどうしているのか?同、世の中にはどの位自分と同じ経験をした人がいるのか?今、その人達はどうしているのか?同じ体験をした人達と話がしじ体験をした人達と話がしてみたいと思うようになり、慣れない検索から、みたいと思うようになり、慣れない検索から、CPSPCPSP(がん患者支援プロジ(がん患者支援プロジェクト)を見つけ、そこからリレー・フォー・ライフを知り参加してみたい、がん経験者のェクト)を見つけ、そこからリレー・フォー・ライフを知り参加してみたい、がん経験者の集まりに入ってみたい集まりに入ってみたい!と思うようになりました。今年と思うようになりました。今年5年目を迎える茨城リレー・フ年目を迎える茨城リレー・フォー・ライフ初参加となりました。昨年から開催当日現場スタッフとしてつくばの会場ォー・ライフ初参加となりました。昨年から開催当日現場スタッフとしてつくばの会場や、他にも数や、他にも数ヵ所の会場に参加しています。同時に所の会場に参加しています。同時に3年前から「茨城よろこびの会」から「茨城よろこびの会」に、翌年からは、東海村の「がん患者ゆっくり語ろう会」にも入会させていただき、に、翌年からは、東海村の「がん患者ゆっくり語ろう会」にも入会させていただき、多くの先輩サバイバー多くの先輩サバイバー(※)(※)の友人を増やしています。の友人を増やしています。 私はがんの告知を受けましたが、運よく、家族と職場の協力を得て治療に専念する 私はがんの告知を受けましたが、運よく、家族と職場の協力を得て治療に専念することができました。それでもまだまだ、サバイバーへの向かい風を受けて、社会からの理解を得られなことができました。それでもまだまだ、サバイバーへの向かい風を受けて、社会からの理解を得られない時があり、自分の中の偏見を消し去ることが出来ません。吹く向かい風は多々ありますが、世の中のい時があり、自分の中の偏見を消し去ることが出来ません。吹く向かい風は多々ありますが、世の中の人全てががん患者への対応を学ん人全てががん患者への対応を学んでいるでいる訳ではなく、また学ぶ機会も無く、大半の人は患者への接し方訳ではなく、また学ぶ機会も無く、大半の人は患者への接し方を知らないのが現実であり、生きづらい現実が多く存在することも事実です。もし、身近な人が残念なを知らないのが現実であり、生きづらい現実が多く存在することも事実です。もし、身近な人が残念ながら告知を受けがら告知を受けサバイバーとなってしサバイバーとなってしまったら、落ち着いた時に、少し目線をまったら、落ち着いた時に、少し目線を変えると周りにも同じ変えると周りにも同じ仲 間が意外と近くにいるかも知れないと伝えてください。家族や親友と違ったポジションで治療や生活のが意外と近くにいるかも知れないと伝えてください。家族や親友と違ったポジションで治療や生活の力となります。医療は日々想像を超えて進歩していますが、がんが未だ死と隣り合わせの病である以上、力となります。医療は日々想像を超えて進歩していますが、がんが未だ死と隣り合わせの病である以上、同志の繋がりはがんに立ち向かう勇気と決意を与えてくれる、もう一つの大きな治療法となるのですか同志の繋がりはがんに立ち向かう勇気と決意を与えてくれる、もう一つの大きな治療法となるのですから。これからもサバイバーがら。これからもサバイバーがくじけくじけないようにほんの少しだけ力を貸してください。ないようにほんの少しだけ力を貸してください。よろ しくお願いいしくお願いいたします。たします。 7 ※(がん)サバイバー・・・がんと診断され、治療中あるいは治療後の人(がん体験者)。 ※(がん)サバイバー・・・がんと診断され、治療中あるいは治療後の人(がん体験者)。がんと診断された後、がんと診断された後、今を自分らしく生きようとする人たちを指すアメリカ発の考え方。今を自分らしく生きようとする人たちを指すアメリカ発の考え方。