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vol78   2 / 8

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二人の震災復興奉職者から 二人の震災復興奉職者から 会員 加藤 格司 第 32 回全国大会で、震災を経験された回全国大会で、震災を経験された二人の 方に接し大きな感動を受けました。方に接し大きな感動を受けました。 一人は、南三陸町で震災に遭われた菅野 一人は、南三陸町で震災に遭われた菅野 武医師。彼の活動の武医師。彼の活動の様子 は、 NHKNHKで放送されたで放送された震災 時誕 生児のニュース 生児のニュースで、彼の長男が放映されたのをきっかけに、米国最大手誌「ニューヨークタイムズ」、彼の長男が放映されたのをきっかけに、米国最大手誌「ニューヨークタイムズ」の目に留まり、「世界で最も影響のあるの目に留まり、「世界で最も影響のある100 人」にも選ばれました。招待された人」にも選ばれました。招待された(自費渡米)(自費渡米)ニューヨニューヨークでは、震災復興日本を世界に大いにアピールされたとのことです。ークでは、震災復興日本を世界に大いにアピールされたとのことです。 二人目は、社会福祉協議会職員 二人目は、社会福祉協議会職員で高台移転先工事で高台移転先工事で使用している特大ベルトコンベアー使用している特大ベルトコンベアーについてのについてのお話でお話でした。その特大ベルトコンベアーの導入で、した。その特大ベルトコンベアーの導入で、1日( 8時 間)で 1万tの運搬が可能になったとのこと。(万tの運搬が可能になったとのこと。(4tダ ンプ 2,550 台分に相当)これにより、工事期間が台分に相当)これにより、工事期間が3年 3ヵ月も短縮できるそうです。このような努力の結果、ヵ月も短縮できるそうです。このような努力の結果、被災地の中では一番早い平成被災地の中では一番早い平成29 年には、高台への集団年には、高台への集団移転が可能になるとのお話でした。移転が可能になるとのお話でした。 特別講演に寄せて 特別講演に寄せて 会員 清藤 光子 特別講演「今を生き、明日へとつなぐ特別講演「今を生き、明日へとつなぐ 〜 東日本大震災を通じて考える東日本大震災を通じて考える 〜」(南三陸町公立志津川〜」(南三陸町公立志津川病院・内科医、菅野武先生)を聴き感動しました。病院・内科医、菅野武先生)を聴き感動しました。 2011 2011年 3月 11 日の夜は、菅野先生日の夜は、菅野先生が転勤 されるされるため 送別会が予定されていたそうです。その日の午送別会が予定されていたそうです。その日の午後 2時 46 分激しい揺れが病院を襲い、南三陸町は分激しい揺れが病院を襲い、南三陸町は6メートルの防波堤を津波が乗り越え、想定外の早さメートルの防波堤を津波が乗り越え、想定外の早さで、志津川病院ので、志津川病院の4階まで押し寄せてきたのです。高齢の患者さんや、移動に介助が必要な入院患者が階まで押し寄せてきたのです。高齢の患者さんや、移動に介助が必要な入院患者が多く、患者の搬送は車椅子や担架に乗せ、あるいはおんぶをして、人の手で少しずつ行多く、患者の搬送は車椅子や担架に乗せ、あるいはおんぶをして、人の手で少しずつ行い、 窓からは、窓からは、未曾有の津波が家や車、人々を押し未曾有の津波が家や車、人々を押し流して行く様が見えました。看護師の中にはお互いの腕に油性マジ流して行く様が見えました。看護師の中にはお互いの腕に油性マジックで名前を書き合う人もいました。先生も普段は外している結婚指輪を左手にックで名前を書き合う人もいました。先生も普段は外している結婚指輪を左手につけ 、ピークから、ピークから30 分 して徐々に津波の高さが下がった時に、して徐々に津波の高さが下がった時に、4階に生きている人を探しに行き、階に生きている人を探しに行き、10 名近い生存者を救出し名近い生存者を救出し、 窓からカーテンを外し患者に掛けて保温に努め窓からカーテンを外し患者に掛けて保温に努め、5階には近所から避難し階には近所から避難してきた人を含めててきた人を含めて250 名程が恐怖と不安の中に孤立していた名程が恐怖と不安の中に孤立していたそうですそうです。 ようやく救助のヘリコプターが到着し、全員が助けられたのを確認し ようやく救助のヘリコプターが到着し、全員が助けられたのを確認してから菅野てから菅野先生 は最期にヘリコプターに乗り、脱出したとのことでした。は最期にヘリコプターに乗り、脱出したとのことでした。この勇気ある行動 から 、米国、米国ニューヨク タイム ズ誌「世界で最も影響 力のある 100100人」に選ばれました。人」に選ばれました。 菅野 先生は先生は「2万人が万人が一度 に亡くなった亡くなった現実、二人に一人が家をなくし、現実、二人に一人が家をなくし、仮設住宅仮設住宅8万人とも言われ、震災によって家族が万人とも言われ、震災によって家族がバラ に引き裂かれに引き裂かれ、 今もその痛みの中に置かれていると今もその痛みの中に置かれていると思う と風化させるわけにはいかない、と風化させるわけにはいかない、未曾有の 震災 体験者として記録を残そうと思った体験者として記録を残そうと思った。」と。 講演を拝聴して人生の喜びや幸せを経験する時間を奪われてしまった講演を拝聴して人生の喜びや幸せを経験する時間を奪われてしまった無念さを 思う と、ご遺族の悲しみの深さに涙が止まりませんでした。と、ご遺族の悲しみの深さに涙が止まりませんでした。 2 高台移転地 特大ベルトコンベアー 特大ベルトコンベアー 高台移転工事(上空から 高台移転工事(上空から見た様子見た様子) 菅野武先生の著書 菅野武先生の著書